toggle
2019-04-05

文明通信2019年4月号

文明通信2019年4月号表
文明通信2019年4月号裏

「廃業の肌触り」

先日女性シンガーソングライターのあいみょんさんがテレビのインタビューで「『デビューしてそんなに日が経っていない中でブレイクして順風満帆ですね』って言われるんですけど、下積みは時間じゃないと思います。客席に誰もいないライブやイベントのあの感覚は私とマネージャーにしかわからないと思います」とこたえているその表情はかなり険しく真剣な目をしていました。
珈琲文明の経営面で誇れることがあるとするならばそれは公式オープン以来この約12年間一度も赤字になったことがないという部分かと思っておりますが、これはあくまで「公式オープン以後」の話でして、実は公式ではないオープンというのを3週間ほどしたことがあります。それは「サイレントプレオープン」という手法によるもので、親戚、友人、知人にさえも言わず、ひっそりと開店したのがこのお店のスタートでした。広告宣伝やチラシ配布等もしませんでしたので対外的には知る由もないわけで、もちろんお客さんは全然来ませんでした。何故か私はそれを当然の結果と受け入れることが出来ずその結果にしっかりと危機感や恐怖感も覚えていました。さらに今のようなワンオペではなく、暇なのに妻にもフルで出てもらっていたので日々とても静かに時は流れ(笑)その実ひたひたと恐怖感が襲ってきていました。「とってもヤバいことに手を出してしまったのではないか」「やはりまるで畑違いの未経験業種をやっても上手くいくわけがないのかも」とネガティブ思考のオンパレードでしたが、その不安を少しずつ取り除いていってくれたのはやはり日々少しずつ増えていくお客さんの数でした。サイレントオープン前に出版各社に対してプレスリリースとして「この度このようなお店をオープンしました」というお知らせのFAXをたくさんしましたが、結果は全滅、見事なまでに完全無反応総玉砕でありました。ですからその後の地域のタウン誌や神奈川大学の機関紙等への掲載話には狂喜乱舞し、その後のメディア各種媒体からのアポ電には「有り難いこと限りなし」の心境であり、それは今も何も変わりありません。ほんの3週間ほどのサイレントプレオープン期間ではありましたが、あの時のあの不安感、恐怖感、これは冗談でもなんでもなくリアルに「廃業」のことを明確にイメージ出来たあの「肌触り」は今もいつでもすぐに思い出せます。
そしてあの時の「廃業の肌触り」を思うことですぐに我が皮膚感覚は引き締まります。
「底」を体験することは重要で、そしてそれは『時間』ではない。
あいみょんさんの言葉が身に沁み、完全に同意します。

珈琲文明 店主 赤澤 智

関連記事