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2019-03-05

文明通信2019年3月号

文明通信2019年3月号表
文明通信2019年3月号裏

「え?珈琲文明が月9のドラマに!?」

フジテレビの月9ドラマ「トレース~科捜研の男~」で当店がロケ地として登場するのが3/4(月)ですのでこの文明通信が発行される6日には放映は終了しており、これを書いている現在はまだ放映されていないという微妙な状況下にありますが、今回ここでは放映内容とは関係のない、裏方さんやスタッフさんの話をしたいと思います。
ロケは当店開店前の早朝に行われる予定で、その前日前夜、私の携帯に担当スタッフさんからこんな連絡がありました。それは「ただ今まだ撮影編集中でしてこのままですとそのままそちらの撮影に突入となりそうでして、もしも赤澤さんがよろしければの話なのですが集合予定時間を一時間遅らせることは可能でしょうか?一時間でもスタッフを寝かせてあげたいなという勝手なお願いなのですが・・・」という提案でした。
そもそもが夜型人間の私にとって朝一時間遅らせるというのは願ったり叶ったり、渡りに船、で二つ返事で承諾しましたが、私は何よりこの時の先に述べたような担当スタッフさんの「現場スタッフへの思いやり」と「正直さ」にとても心を打たれました。
過酷な作業現場であることは容易に想像できます。一昔であれば「徹夜は当たり前」だったかもしれません。さらに先方(ここでは私)への提案の際にはそういう(「スタッフを寝かせてあげたい」という)内情は言わずに、「撮影編集作業が長引いてるため一時間遅らせることは可能でしょうか」と言いそうなものですが、担当さんは全てぶっちゃけて正直にそのまま話してきたのがとても好印象だったのです。撮影現場での働き方改革も起きているのだなと思いました。そして実際に私がロケの現場に立ち会って感じたのがすごく和やかな雰囲気だったということです。適度な緊張感はもちろん保ちつつもスタッフの方々が一様に笑顔だったのです。そして船越英一郎さんと新木優子さんの対話シーンのリハの時、私は厨房で静かにしていたのですがそれでも聞き取れない声で船越さんが何かを言ったあとに周囲の何十人もいたスタッフが一同爆笑したのです。おそらく真面目な台詞のシーンに真面目なトーンで船越さんがアドリブギャグを言ったと思われるのですが、これはこれで船越さんによる場を和らげる配慮だったような気もして、それはすごく良い瞬間でした。シーンそのものはきっとシリアスな内容なのでしょうが、制作現場はしっかりと明るく楽しい雰囲気が漂っている・・・どんな現場でも本当に重要なことだと思いますし、そして何よりそういう現場で生まれたもののほうが良い作品に仕上がるに違いありません。ツーショット撮影に快く応じてくださった船越さんは「朝早くからお店を開けていただきありがとうございます」と言ってくださったばかりじゃなく「コーヒーも飲んで行きたかったなぁ~」という、言われた店主は喜ばないわけがないリップサービスには感服感動しました。「トレース~科捜研の男~」オンエアが楽しみです!

珈琲文明 店主 赤澤 智

【文明文庫(第二回)】「やさしく語る『古事記』柴田利雄 著」

今年の自分内テーマとして「ルーツ探訪」というのがある。例えば音楽的自分のルーツは理解しているつもりではあるが、では自分にとってのルーツと呼べる人々にとってのルーツは?さらにそのまたその先は?とまるで先祖探しや大河の源流探検のようなこの作業、行為は胸がときめきます。かねてから当店の常連さんであったその人から突然一冊の本を頂戴したのは去年の暮だった。本のタイトルは「やさしく語る『古事記』」。
言わずと知れた「我が国最古の書物」である古事記。ルーツ探訪に焦がれるわが身にとってこれほど源流探究のプロセスを寸断かつ究極のショートカットにしていきなりトドメの一撃(笑)もないもので、それはまるで「どこでもドア」を開けるかのようにいきなり目的地に誘(いざな)ってくれるその本を開いた。本編に入る前の「はじめに」という章で既にヤラれた・・・間接記述で伝えるには私の表現技術はあまりに乏しい為、そっくりここで引用したい~(以下引用)・・・・・由緒ある神社仏閣に参拝した際、まず目を引くのはその建築の壮麗さですが、建築物のみならず、他にも目を向けてみると、およそ神社にあてはまる共通点を見出すことができます。それは「杜(もり)」、すなわち背後に茂る鬱蒼とした森林です。~中略~杜は、生態系分布上、日本の「極相」と深く関係しているからです。極相をイメージするには、近所のごく普通の風景から人工物を取り去ったらどうなるか、を考えてみるとよいでしょう。放置すれば草木が生い茂ってきますが、まったく手を加えなかったらどうなるでしょう。植物の生存競争のなかで、特定の種のみが繁茂することとなります。つまり極相とは、ある地域において植生を人間が一切改変せず、自然に任せるままにしたら、いかなる植物が勝ち残るか、換言すれば、いかなる植物が特定の地域の生態系分布図に記録されるのか、ということを表したことばです。日本における樹木の極相はどのようかといえば、「照葉樹林」です。カシ、クスシイ等の、常緑樹で、葉がてかてかと光るような巨大な木々生き残るのです。その樹林のなかは、葉が生い茂るせいで昼も暗く、鬱蒼としています。すなわち、こういった樹林のなかの世界こそが日本の原風景であり、我々の先祖が暮らしていた世界なのです。・・・・・

この文章を写しているだけでも心がざわざわする。我が国の原風景、あまりに遠い昔なれど、なんだかとても鮮明かつ具体的に、その場の空気(少しジメっとした)や匂いすら脳内喚起が出来る。こんなにも遥か太古にしっかりと向き合ったこともなかった。この本のここのくだりは自分にとって感動や感嘆といった安易な言葉ではどうにもしっくりこない、でも敢えて一言で言うならば「連れていかれた」がいいかもしれない。そう、あまりにもリアルな原風景の地に突然連れていってもらったのだ。
この本をくださったその人こそ著者の柴田利雄さん(慶応義塾名誉教諭)。
慶応義塾高校在職中には「人気ナンバーワン教師」に選ばれたのも完全に納得。
話が実にわかりやすい。ご本人の「生徒に『こんなこともわからないのか』という考えだけは絶対にしないようにしていた」との弁がその証。
柴田先生からは多くの興味深い歴史の話をこの短期間でいろいろ教わった(何たる役得だろう)。中でも自分内大ヒットは、万葉集の中で私が最も好きな柿本人麻呂が詠んだ「東(ひんがし)の野に炎(かぎろひ)の立つ見えてかへり見すれば月傾(かたぶ)きぬ」という壮大なスケールにしてあまりに美しい情景の歌があるのだが、「この情景に実際に遭遇する可能性は春分か秋分、とりわけ気候条件から陽炎を伴うのは春分に特定出来る」という、歴史的事実のみならず科学的論証まで説いてくださるのは聴いてるほうもつい前のめりになるというもの。
今月3月はその春分がある。太古の名歌に思いを馳せながら太陽と月を一度にダブルで味わってみたいものだ。

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