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2018-05-05

文明通信2018年5月号

文明通信2018年5月号表
文明通信2018年5月号裏

「店舗物件浪人時代」

(※今月の文明通信は表と裏のA面B面で完結するレコードみたいな仕上がりになっておりますので、ぜひ裏面もご覧ください)
12年前、私はまだ物件も決まっていないのに六角橋に店を出したくて前職を辞めて横浜に引っ越してきました。不惑、四十歳直前でしたから勢いに任せて脱サラしたわけではもちろんありません(笑)。前職は学習塾の教室長という性質上、抱えていた生徒の受験が終わる春のタイミングで退職する旨を一か月前ならぬ一年前から本部の役員、上司には通達して引き継ぎをし、周到に退職しました。しかし引っ越して来て肝心の物件が決まらないまま半年が過ぎました。そんな時に懇意にしていた不動産屋さんから、60年続いた老舗衣料品店「駒屋」が勇退される知らせを聴き、まさに理想的な物件だったのでどうしてもここを借りたいという意志表示を不動産屋さんと大家さん(駒屋店主)双方にしました。
60年も続いた名店の閉店ゆえ、関係者へのあいさつや在庫販売セールを半年かけて行いたい旨を聞き、半年待つことにしたので通算すると物件取得まで1年間待ったことになります。大変良質な物件ゆえ公募すればたちまち多くの希望者が現れたことでしょうし、かつ解体も造作も不要の居抜きでの物販店への貸与のほうがリスクもなくスムーズな移行といえるにもかかわらず、大家さんは私以外の候補者を募ることもなく、飲食店への転換に内定をくださったことは本当に今でも感謝しています。先日「大家、物件オーナー」側の立場にいる知人に「物件公募期間日数ゼロ、以後撤退による空室期間ゼロで常に更新継続、というのは優良な店子といえるから嬉しいものだよ」という話を聞き、私はここの物件賃貸契約を11年継続更新していることで少しは大家さんへの恩義に報いてるのかもしれないと思うと嬉しいですし、「駒屋」から「珈琲文明」に空室期間ゼロでスイッチして以降絶えることなくと考えると11年ではなく70年の重みすら感じられて身が引き締まります。本来であれば店舗内装工事というものは家賃も発生することもあって、10日からせいぜい2週間程度で終わらせるものなのですが、そんなわけで半年間の待機期間は家賃が発生することなく、「場所はここだ」という前提のもとでいられたので内装及びオペレーションの限りないシミュレーションを繰り返せたのは本当にラッキーでした。それでも内装工事に2か月費やしたのはさすがに異例でしたが・・・。
さて、半年間家賃が発生しなかったのは確かですが、住居の家賃をはじめ生活費は当然発生し、かつ無職になっていた私は、開業のための資金を切り崩している場合でもないので、四十歳にして肉体労働系のアルバイトをすることにしました。
(つづきは裏面をご覧ください)
珈琲文明 店主 赤澤 智

~11年前に物件が決まるまでの間肉体労働をした時の記録です~

※個人の日記からの抜粋なので乱文ではありますがリアルさを追求すべく敢えてそのまま掲載します。裏・実録「建設作業現場より」2007年のブログより。 

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あれは面接とは言わず登録というもんだ。採用は確定で、逆に「大変そうだ」とかでキャンセル、脱落する人が多いだけで、今どき珍しい確実に採用される業種だ。ヘルメットと安全帯を貸与され、あっさり登録完了。毎回メールで現場の住所だけが記され、住所だけを手がかりに現場に向かう。(中略)お台場の近くにあるホテルの新築現場。デカすぎるからそこの住所にはすぐに着くも、そこの何処に集合するのかわからず、ようやく詰め所に着いたらもうビックリ。百人以上の作業員がひしめきあって集結。7時45分になると朝礼が始まり、ラジオ体操が始まり、その後一列縦隊で前の人の肩に手をやり(グレーシートレインみたいなやつ)、いきなり「肩揉み」開始。ビックリする。朝礼では現場監督がボソボソもそもそ何か言ってるが、誰も真面目に聴いてない。安全帯のフックをお互いにかけあい(バロムワンのバロムクロスみたいなの、って通じないか・・)「今日も一日安全第一で頑張るぞ」「オー」いや「うー」と、全くやる気のないトーン。職長に「前はどこにいた?」って訊かれ、「全く関係ない事務職みたいなものです」とこたえると、「そうじゃねぇよ、前の現場だよ」ってことで、前職とかはどうでもいいようだ。そんな中、一度やたらとコミュニケーションとりまくりの時があった。新宿のとあるビルの解体工事で、通称「ガラ出し」と呼ばれる解体したコンクリートの破片が入った膨大な数の袋をトラックにバンバン積むっていう作業があり、超ハードなんだが、短期決戦で、積み終わったら次のトラックが来るまでは休憩みたいなことがあり、その時は俺と職長が二人だけという状況。いろんな話をした。「何かスポーツとかやってたか?」「中学、高校と6年間サッカーやってました」「じゃ大丈夫だろう」「でももう20年以上前のことですよ」「え?あんたいくつよ」「3月が来れば40になります」「けっこう年寄りなんだ、高校何処よ」「H高校っていって高田馬場と新大久保の間にあって電車から見えます」「あのバカ学校かい!」(全く歯に衣着せない物言いだ)「ラグビーとかスポーツ全般強いんだろあそこ」(なんだか詳しい)「自分の時代はそうでしたけど、今は結構レベル上がってる(代わりにスポーツが弱くなってる)みたいですよ。」「前の仕事は何よ、サラリーマンかい」「そうですね、全く関係ない、学習塾でした。」「先生かい!あんた大学出てんのかい!?」「まぁ一応」「なんで今こんなことやってんのよ!」「いろいろありまして」「でもH高校から大学行ったつったら珍しいだろ」「英雄でしたね」「バカヤロー!」みたいな会話もあったり、そうかと思えば今度はどういうわけか、俺が新人を率いてゴミ拾いみたいなことをした時に、その新人が勝手にいろいろと打ち明けてきたこともあった。「家賃を滞納しちゃって、ついに督促状がきて裁判になりそうだから、働きだしたんです」ってことだったが、昼はもちろん、10時と3時の休憩時にマカデミアナッツチョコ食ってジュース飲んで、当然タバコを吸ってる彼を目の前に、「働くのもいいけど、まずそのお菓子(せめて普通のチョコにするとか)、休憩ごとの楽勝ジュースやめればいいんじゃん?」って思ったがもちろん放っておいた。ジュース3本とチョコとタバコとコンビニ弁当の合計でどう見積もっても千円はしてる。俺はおにぎりとお茶を全て家から持ってきてるんで、原価は高く見積もっても50円だろう。その差一日で950円。このランクまで彼が下げれたら彼も今のままの収入で、10日に一回は休みをとれるのになぁ、と思ったがこれまた大きなお世話だろう。おそらくは生涯最後のバイトとなるが、主にこの人間ウォッチングに関しては、非常に貴重な体験をした。

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