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2013-10-05

文明通信2013年10月号

文明通信2013年10月号表
文明通信2013年10月号裏

「師の教えに背いていること」

自分にとって師と呼べる人が何人かいまして、その人のやり方を真似させていただいていることも多いのですが、取り入れていないことも多々あります。現在のスペシャルティコーヒー抽出方法のメインストリームは「フレンチプレス」であり、また(短期間ではありますが)、通った「カフェの専門学校」のようなところでは「ペーパードリップ」でありました。しかし、当店ではサイフォン式です。このようにかなり根幹の部分から異なっています。また、店のコンセプトに至っては違うことだらけですし、店主としての考え方そのものも異なっていることが多々あります。現在はもう引退されましたが、長野(小諸市)にあった素敵な喫茶店のマスターはとてつもない求心力の持ち主でした。かつては東京でバーテンダーとして働き、そこでは若かりし大島渚氏や野坂昭如氏が集(つど)っていたと聞きます。長野に移ってからもマスターに会いにはるばる東京から訪れる人も多い、いわゆる「カリスママスター」です。このかたがかつてこのようにおっしゃっていたことがあります。「カウンターにいるお客さんと何かの話で盛り上がってきたら、同じくカウンターにいる(それぞれは赤の他人同士の)お客さんにもその話を振ってみると案外その人もその方面に詳しかったりして、いっそう盛り上がり、お客さん同士がその日を境に仲良くなり、お店の常連仲間になっていたりするのが楽しい」という話。この点に関しまして私の考え(というより私の店の方向性)は違います。先月号でも触れましたが、一人でカウンターに座るお客さんに対して、私は努めて話しかけないようにしています。とはいえ話したくないわけでももちろんないので(笑)、常連さんと会話が盛り上がったりもします。しかし、その話をカウンターの他のお客さんに振ってみたりすることはまずありません。一人でいらしたお客さんは一人であるということに意味があったりします。私は一人で何か作業をしたり、孤独を楽しむために一人でカフェに入ります。ですから私のお店では一人の世界を侵さないことのほうに神経を注ぎます。これは先のカリスママスターのいるお店との是非を問うことではなく、店主が「こういう考えのもと舵を取ることでお店全体がそういう人々が集うお店になる」というポリシーがあって、実際にそれが具現化されたお店になっている、ということを私はカリスママスターから学び取り、それを今度は自身のポリシーに当てはめているということが言えます。このかたからは他にも学びたいことがたくさんあり、私は「ここで働かせていただけませんか?」と綱島カルディの時と同じセリフ(先々月号参照)を言うと「そういうことであればぜひ軽井沢の丸山珈琲を紹介するよ」とおっしゃってくださり、すぐその場で丸山健太郎さんの携帯にかけていただきました。こうした一連の行為全体(全く利己的な考えのない、適切な判断と迅速な対応)を通じても本当に学ぶべきところが多く、ひたすらに敬意を払っております。素晴らしい師匠たちの「信条」の部分を受け継ぎ、現場では自分のフィルターを通してそれを実践していこうと思っております。

赤澤珈琲研究所 代表 赤澤 智

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