文明通信2018年8月号
「軽くないと届かない」
先日友人が書いたコラムで思わず膝を打って共感したことがありますので、まずは以下その文章を引用します。
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何年か前までわたしも、真剣故に思いつめたように話していました。ある時師匠が「軽くないと神様に届かないんですよ。」と言ったのです。
その言葉はわたしを大きく変えました。目上の人と話す時、どうしても恐縮や緊張があって固くなっちゃうでしょう。でもそんなこと相手は要求してないんです。むしろそんなコチコチでこられると面倒くさい(笑)。それからなんでもかるーーく言うように意識しました。もちろん敬意は忘れずに。そしたらいろいろ楽になったし、自分が求めているものが手に入り、実現したいことが叶っていきました。神様に届き始めたんです。
~「東京ピリカランド」松本美佐さんのコラムより~
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今回述べたいことの全てがここに記されていますのであとは私個人のことに落とし込んだ話をしていくだけになりますがもう少しおつきあいください。
私はこれまで学校の先輩、アルバイト先や会社の上司、音楽プロデューサーに至るまで、たいてい「重く」接してまいりました。
体育会出身ということもあり、「先輩」や「上司」に対しては、良く言えば「礼儀正しい」と言えなくもないかもしれませんが、それが必要以上に「硬く」て「重い」ので、それゆえ相手との間に壁が生じていたように思います。上記引用文章にもありますように相手へのリスペクトは当然大事なのですが、相手とのより深い上質な意思疎通のためにはある程度の「軽さ」が必要なのだなということを過去の自分が関わった出来事や人間関係をを振り返ってみて最近になってようやく気が付きました。
部活やバイト先の先輩にせよ会社の上司にせよ、もっと軽やかに相手の懐に入り込んでいたならもう少し深いおつきあいにつながっていたのではないかということを顧みて思います。このようなことに気づくようになったのはここ10年くらいの間、つまりこのお店をやり始めてからでした。当店のお客様で、年齢は明らかに上なのはわかっていながらも、しかしその人の肩書も何もわからない状態でまずファーストコンタクトがあった人とはそのあまりにも情報の無さから幾分「軽やか」な挨拶から入り、お互いを知り、そうしていく中で実はその相手が物凄い人、例えば芥川賞作家やミリオンセラー作家だったり、病院をいくつも持ってる人だったり、駅前一等地にマンション一棟全部持ってる人だったり、馬主だったり(わかりやすく富裕層の方々を挙げてみましたが、他にも話すにつれ精神性が大変しなやかで尊大な人であることがわかった方々もたくさんいます)・・・といった、もしもその情報が先に私の中にインプットされていた場合、なんだかこっちも硬くなってしまったりして、相手とのより深い上質な意思疎通は望めなかったかもしれません。ところがそれらの情報が一切ない真っ白な状態から始まると後々色々と知ってビックリしてドキドキし始めることはあれど(笑)、出発点が変に重くないことで会話も弾み、疎通も進むことになりました。
繰り返しになりますが「敬意」は忘れずに、でも変に重くならず軽やかに諸先輩方に接することが深みある人間関係構築には大切なんだなぁということが生まれて半世紀以上経ってから私は気が付きました(笑)ので、せめて今度は自分が例えば若者と話したりする際にその若者が軽やかに接してこられるような空気を醸し出すよう努めていこうと思います。
珈琲文明 赤澤珈琲研究所 代表 赤澤 智